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内面が弱いから、外に横暴に振る舞う。こういう人はよく見かけるが、国家も同じようなことがある。

 

今回は「中国の内政がどうなっているのか」、分析を試みたい。これは同時に、習近平体制になってから、日本だけでなく米国に対しても、近隣諸国に対しても、好戦的になってきた背景を明らかにすることでもある。

 

まず、中国共産党が独裁体制を強化していることは間違いない。かつて鄧小平の時代から中国は、40年間ぐらい「改革開放路線」を進めてきた。これは、外交防衛は基本的に穏やかに対処しつつ、国内の経済体制を改革する方針だった。「韜光養晦(とうこうようかい)」という鄧小平自身の言葉があるが、いわば「才能を隠して、内に力を蓄える」ことに専念してきたのである。

 

しかし習近平体制になってから、あたかも「文革時代」に逆戻りした感がある。「文革時代」には、当時の毛沢東が主導して、党や軍が党幹部や国民を弾圧したことで有名である。どうも習近平のもとで同じようなことが起きている。党の中でも、とりわけ国民の情報を把握し、情報を操作する「宣伝系統」と、「軍・警察系統」の締めつけが厳しくなってきているようだ。

 

また、「習近平思想」の礼賛、あるいは、習近平の個人崇拝を強制し、一般の教育現場だけでなく、同じ共産党の幹部に対してもこれらを強制する動きがみられる。

ただし、この習近平の「思想」というのは明確でない。彼がよく使う言葉は「マルクス主義」だ。しかし、「マルクス主義」といっても、国民の大半はあまり共感されていないのも事実である。

 

したがって、一方では「新しい価値を作れ」という動きもある。中国はかなり多様な社会であり、14億人の人口、様々な宗教や思想、考え方があるため、これらを束ねることは大変なことである。特に、後述するように、経済成長が鈍化している状況では、不満を持つ国民をまとめる共通の価値観が強く求められている。儒教のような伝統思想が見直されているのも、こうした動きの一環だろう。しかし、一度破棄したものは、そう簡単に復活することはできない。

 

次に、「なぜ、このように党の独裁を進めているのか」、その背景を探ってみる。

やはり、一番には経済成長が鈍化していることだ。

そもそも共産党支配の正当性は大きく2つある。ひとつは、中国にとっては屈辱の歴史でもある外国の植民地支配を追放して、自主独立の国を実現したこと。もうひとつは、経済発展を促進してきたことである。しかしながら、近年、中国の経済成長率は少しずつ落ちてきているため、正当性の一つが危うくなっているのだ。これを恐れて、人心を無理やりにでもまとめるため、習近平は独裁体制を強化しているのだろう。

 

今後、新型コロナウィルスの状況にもよるが、おそらく中国の国民所得は毎年平均5%前後で伸びていくだろう。日本の平均が1%前後であることを考えると、うらやましい限りであるが、中国は食べさせないといけない口が14億もある。一般的に、中国では毎年所得が4%伸びないと失業者が大量に発生する、といわれている。かつては平均10%伸びていたのが、現在は平均6~7%ぐらいに落ち込み、今後は5%ぐらいに鈍化していくのである。共産党指導部が戦々恐々とするのも無理はない。

 

たしかに、中国の人口のうち2億人は中産階級に属する。彼らは、海外旅行をはじめ裕福な生活を営んでいる。しかし、残り12億人は低所得者層と貧困層であり、不満がくすぶっている。先進国では、こうした格差を是正するために、所得を再分配する方策を採ってきたが、中国ではこうした議論はほとんどなされていない。

大雑把にいえば、所得再分配をすれば、国防を強化することができないのである。我が国が明治時代に直面した「富国」か「強兵」か、という選択を中国も迫られているのだ。これは習近平の最大の問題だが、ここまで米国などにケンカを売ってしまうと、「強兵」路線を進まざるを得ないだろう。

 

先ほど述べたように、中国共産党の正当性の一つは、米国であろうと外国に指図されない自主独立の国を実現したことだ。もう一つの正当性である経済の方は、無理に成長を促進することができないので、今後色あせて行く結末しかない。だからこそ、なおさら自主独立路線を突き進んでいくだろう。

 

これは我が国や世界にとっては甚だ迷惑な話であり、全面的に対抗せざるを得ない。こうした中で、中国を分析する際によく耳にする「中国は内部矛盾を抱えているから大したことない」と甘く見ることは禁物である。同時に、「中国は弱点一つもない大国である」という見方も同じように単純過ぎるので避けるべきだ。

 

中国を等身大に見ていくことが、我々には求められる。

2021年3月、米国のバイデン政権と中国の習近平指導部の外交トップによる初の会談が開催された。ここで明らかになったのは、1つはバイデン政権がトランプ前政権の強硬な対中政策を継続しているということ。2つは中国がこれに対して一歩も譲るつもりはないということ、である。

どんなに認めたくなくても、今や中国は、世界で唯一米国に対し「横綱相撲」をとれる超大国になっていると言える。

超大国というと、かつてはソ連がそうだったが、中国はこれをはるかに上まわる手強い相手になるだろう。

 

「新しい冷戦」という言葉がよく使われるが、これは誤解を招く恐れがあると思う。

 

なぜなら、ソ連に対する最初の「冷戦」で、米国がとった戦略は「封じ込め」である。これは、立案者の米国外交官ジョージ・ケナンの言葉を引用すれば、「長期において、忍耐強く、しかし断固と油断なく、ロシアの拡張的な傾向を封じ込める」というものだ。その目的は、「封じ込め」によって、ソ連が弱体化あるいは崩壊することにあった。ソ連の社会主義経済はどこかで行き詰まるという見通しがあったのである。

 

では、米国は、「新しい冷戦」の相手である中国を「封じ込め」ることができるのか。その答えは、無理だろうと言える。

なぜかというと、かつてのソ連と今の中国では、経済の規模だけでなく、その質が全然違うからである。封じ込めたところで、中国の経済が勝手に弱体化したり崩壊したりする見通しは、今のところ見当らない。

 

ソ連は超大国といっても、もっとも経済が拡張した1973年でも、米国経済の所詮36%のGDPしかなかった。他方、今の中国はあと8年程度で米国を抜いて世界一の経済規模を誇る勢いである。世界の国々で、中国を最大の貿易国としている国は64カ国もあるが、米国は38カ国しかない。中国は世界のものづくり製品の22%も生産をしているのである。

米国のハイテク製品、ドイツの車、フランスの高級ブランド商品、オーストラリアの鉱業も全てが中国市場に深く依存してしまっている。

こういったことからも分かるように、中国との経済関係を断つことは非現実的になってしまった。

 

過去を振り返ると、2001年に米国や日本をはじめ先進国は、中国のWTO(世界貿易機関)加盟を認め、暖かく迎えたのである。中国が豊かな国になれば、国際秩序を乱すような真似はしないと考えたのだ。しかしながら、予想以上に巨大になる中国に対して、トランプ前大統領は、どうも様子が違うということで、無理強いし、関税をかけ、経済制裁を試みた。

 

ところが、こうした手法は日本やドイツには通用したが、中国は微動だにしなかった。例えば、中国に支配された後の香港は、金融市場がむしろ繁栄している。また米国は3年もかけて、中国の通信機器の大手メーカーHuawei(ファーウェイ)を徹底的に標的にした。しかし、Huaweiの製品を使っている170カ国のうち、米国の言う通りに使用を禁止したのはわずか12カ国程度であった。この間、世界規模の中国のハイテク企業数は、7社から15社に増えている。

 

中国経済の図体が大きいだけではない。質を比較しても、ソ連経済の最大の強みはガスと石油という天然資源が豊富にあることであった。高度なものづくりの面では、話にならなかったのである。しかし、中国は、最新の消費者動向や新しい技術革新を発見する国として世界の企業から仰がれつつあり、世界の商品価格や資本価格が中国によって決定されるという現状だ。新しい技術がどんどん生まれることによって、インターネット上の標準や規制のあり方が誕生する国としても重視されつつある。

 

ということは、米国が音頭をとって「封じ込め」戦略をとったとしても、中国が孤立するのではなく、自由主義陣営が最先端の産業や技術から孤立しかねない。米国がいくら号令をかけても、ここまで最先端の巨大工場となった中国を無視して、米国にしたがう国はどのくらいあるだろうか。一方で、中国は米国のこうした仕打ちを先取りして、自給自足経済を目指している。昨年から、米ドルでなく、デジタル通貨で貿易の決済をできる仕組みを実験していて、半導体の分野でも自国内で完結できる体制を作りつつある。

 

したがって、漠然と米中が激しく対立するという意味では、「新しい冷戦」と言えるかもしれないが、「封じ込め」戦略は中国に通用しないのである。これは私の意見だけでなく、米国政府や専門家の間では常識となっている。

 

実際、今回の米中外交トップ会談でも、激しくやり合ってはいるが、ブリンケン国務長官は「北朝鮮、イラン、アフガニスタン、気候変動問題については、両国の利益は交わっている」と中国と連携する余地を残している。中国側といえば、もともと米国と共存しつつ、さらに国力を増強したいという戦略目標をもっているのだ。

 

ということで、中国を封じ込めるどころか、今後も中国と交流を続けていかざるを得ないのである。日本や米国が考えなければいけないのは、中国と交流をしつつ、その横暴な振る舞いを牽制することである。

これを実行するためには、

1)日本をはじめ台湾、欧米諸国やオーストラリア、インドなどの軍事力を強化する。

2)日米豪印のQUAD(クアッド)の連携を強化する。

3)各国の大学、クラウド、エネルギー供給網など、官民の機関や重要な供給網を、中国の国家的な攻撃から守るための対策をとる。

 

これらは「言うは易し」であり、実施するためには大変な労力がかかる。中国の実力を認め、脅威を感じてこそはじめて成し遂げられることだ。「中国なんか取るに足らない」とたかをくくるのは気持ちいいかもしれないが、「現実を直視しない者は破滅する」のだ。

 

中国共産党の政治上のイノベーションは、独裁制と技術を結合し、隠蔽と戦略的情報公開を使い分け、暴力と経済的安定を組み合わせることによって成り立っている。今後の少なくとも100年間は、こうした体制とより自由を重んじる体制との闘争となるだろう。

 

「中立は双方から信頼されない」

昔から、一国が自分の意思を相手国に押しつけるためには、軍事だけでなく経済制裁という手段がある。

従来は、輸出を止めたり、高率の関税を課したり、資産を凍結したりするなどの手段が代表的だった。最近では、中国がオーストラリア産ワインに200%の関税をかけた。これも1つの古典的な事例である。

 

これに対し、今後は、情報通信技術を用いる新しい方法が問題となってくるだろう。例えば、昨年話題になった中国のファーウェイが象徴的である。この会社が世界に安く提供している5Gシステムは、単に我々のスマホの検索速度を早めるだけではない。我が国の安全保障にも脅威となりうる代物である。

 

なぜなら、この時代ほとんどの組織や人、さらには多くの機械や商品までがインターネットでつながっている。民間の自動車やGPSといったものだけでなく、政府もインターネットによって機密情報をふくめた情報伝達・交換をしている。また、戦車、軍艦、戦闘機、宇宙レーダー衛星などもインターネットを活用している。

 

5Gシステムは、まさにこうしたインターネットのシステムをつなげる血管みたいなものである。人間の血管を血が流れるように、5Gの中を情報が流れていく。中国共産党と密接なつながりを持っている会社が、これを牛耳るということは、情報の血管を制することである。自由自在に情報が抜かれることもあろう。あるいは、中国共産党の差配により、完全に情報の流れを止められることさえ可能だ。

トランプ前政権が危機感を持ったのも頷けるわけである。

 

我が国政府も、ようやくこの新しい経済安全保障の問題を認識しつつある。内閣官房に国家安全保障局というものがあるが、ここに2020年4月に「経済班」というものができた。この部署でやっと、

(1)機微技術や輸出・投資の規制

(2)外国の技術者や留学生が入国する時の審査ならびに規制

(3)安全保障上重要な土地(例えば、自衛隊基地の周りの土地など)の規制

などのあり方について検討を開始している。

また「外為法」の改正も行われた。これにより、外国資本が安全保障上重要とみなされる日本企業の株を買うとき、あるいは議決権を取得するときには、政府に事前に届出をしなければならなくなった。

こうした動きは、遅ればせながらも歓迎したい。しかし、問題はやはり今後、中国に対しどういう姿勢で向き合っていくのかである。今のところ、政府は中国にはかなり配慮していると言わざるを得ない。これは恐らく我が国の産業経済界が中国に相当依存しているからであろう。

 

例えば、ファーウェイ問題についても、政府は米国の強い要請に応じて、政府内の5Gシステムを排除した。しかし、民間企業に対しては非常にゆるい対応しか取っていない。これはアメリカの対策と対照的である。

 

もっと重要なのは、中国は「デジタル覇権」を目論んでいて、情報通信、クラウド、海底ケーブルなどの分野で中国技術の圧倒的優位を確立しようとしている。現実にこれらの分野を中国が支配したあかつきには、先に記した通り、我が国の戦略的な情報はいつ何時でも勝手に抜かれることを覚悟しなければならない。

 

こうしたことに危機感を抱いたトランプ前政権から、2020年8月頃に、我が国に「中国のこうした動きは危険なので、中国以外の常識的な「法の支配」に則った国々で「クリーンシステム」を構築しようではないか。日本も参加して欲しい。」旨の打診があった。

 

これに対し、我が国は、中国に配慮して「特定の国を排除するような枠組みには参加しない」と断ったのである。これは戦後日本外交の王道に即した対応ではある。米国にも配慮し、中国にも配慮する。非常に微妙な均衡を取りながら、国益を追求するという考え方である。

 

しかし、今や尖閣諸島に対する非礼かつ脅威的な行動などをはじめ、日本を囲む海洋への中国の野望に対し、もっと深刻に考えるべきではないだろうか。中国の経済規模は10年以内に米国を超えるだろう。日中の国力の差がどんどん開く中、今後、中国が一変して善意な外交を展開するだろうか。

 

この期に及んでは、やはり旗幟鮮明(きしせんめい)にすべきだ。米国が提案したような、中国を排除するような枠組みの中にも参加をする。むしろ積極的に各国に呼びかけて、率先してこういった枠組みを作っていくべきである。そうしなければ、中国が我が国の国益を侵害することを止められない、と確信する。

 

結局のところ、両国に配慮することは、両国から信頼を失うということにもつながる。昔、マキャベリという政治思想家が「争いが起こった途端、旗幟鮮明にすべきだ。中立の立場をとった場合、勝者にとっての敵となるばかりでなく、敗者からも助けてくれなかった、という敵視を受けることとなる。」という言葉を残している。

 

もうとっくに争いは、始まっているのだ。