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我が国経済の将来展望に暗雲がかかっている。

数回にかけて、自分なりの処方箋のあらましを書き記す。

大雑把には、前回のブログでも訴えた通り、「国民が将来の成長に希望をもてるように、労働力人口を増やし、技術革新を活性化する具体策を実行すること」が重要だ。

今回は、日本の成長率のもっとも重たい足かせとなっている労働力人口(15歳から64歳の人口)の減少をどう最小限にとどめるか、ということに焦点をしぼりたい。

そもそも労働力人口を増やす政策には、次のような選択肢しかない。

1)女性、お年寄りの社会参加を促す。

2)日本国民=人口を増やす(少子化対策)。

3)外国人労働者を増やす。

これ以外に、労働力人口を増やすことに直結はしないが、労働力・人手不足を補うため4)人工知能(ロボットなど)の活用もある。また、消費を増やすだけの観点からいえば、5)観光政策もある。

基本的にすべてやればいいのだが、安倍政権では1)にあたる「一億総活躍」や、5)の観光政策をすでに推進している。ただ、内閣府の試算では、「女性の社会参画先進国」として知られるスウェーデン並の女性労働力比率にしたとしても、また、退職年齢を75歳に引上げても、残念ながら全体の労働力人口の減少には微々たる効果しかないという。

また、同政権では、3)の外国人労働者の導入も中途半端な形で実行しはじめているが、これは私自身きわめて慎重な立場だ(以前のブログを参照)。百歩譲って、安倍総理が宣言しているように34万人の外国人を入れたと仮定しても、30年後にはもっとも労働力人口が多い時よりも約2700万人も減ってしまう。ほとんど「焼け石に水」なのである。

つまり、今の政権が推進している政策の方向性は間違っていないかもしれないが、これだけでは全然足りないのだ。

そこで、時間とお金がかかり、地道で大変かもしれないが、私はやはり、2)の日本国民=人口を増やす政策を絶対にやらなければいけないと考えている。女性が一生のうちに産む子供の数(=出生率)を今の1.4から2.0まで引き上げるのに、20年以上かかる。そこから人口そのものに影響を与えるのには、さらに時間がかかる。当然、少子化対策には長い時間を要し、即効性は求められない。

「もう遅い」という声もあろうが、それでもやるべきである。

やらなければ、よほど人工知能がうまく普及しないかぎり、何百万人の外国人労働者に未来永劫頼らないといけないのだ。「外国人も嫌だ」というのであれば、経済はマイナス成長に衰退していくまでである。「良いとこどり」は許されないのである。

古代より常に一流の国民国家としてつづいてきた日本国を、今後も豊かで平和な形で残さなければいけない。まさしくそれが政治の仕事である。愛国心とは、先人が残してくれたこの立派な国を、今生きている人たちのためだけでなく、いくら時間がかかっても、子々孫々に継承することである。

そもそも少子化の原因で一番大きいのは、やはり経済的な理由である。例えば、内閣府の平成26年の調査によると、

1)「結婚の障害」として、男女ともに「結婚資金」という理由が最大である。

2)すべての年齢層において、非正規雇用者の結婚率が低い。

3)「理想の子供の数」が「二人以上」と答えた人は6割以上もあるが、これを実現できない最大の理由として「子育て費用」があげられている。

こうしたことから、非正規雇用に対する規制を強化することや、ただ何となく大学に行く風習を改めて職業訓練学校を強化し、「手に職」をもつ若者を輩出することも大事であると考えている。

まず今回は、少子化対策としての「家族支援」について詳細に述べる。

「家族支援」というのは、国の予算等により、家族を支援するための現金支援またはサービスの提供のことだ。具体的には、出産扶助、児童手当、保育所運営費、社会福祉(児童扶養手当など)、育児休業給付、就学援助のことである。日本では「子供手当」、「教育無償化」、「保育料の無料化」などの言葉でおなじみだろう。

「家族支援」の国際比較をすれば、先進国の中でも、日本の予算規模は非常に小さい。GDP比でいえば、我が国が1.25%、英国が3.76%、フランスが2.85%、スウェーデンが3.46%、ドイツが2.17%である。もっとも「小さな政府」を標榜する米国は0.72%と低いので、この比較自体に意味があるわけではない。

むしろ、注目すべきなのは、「家族支援」の充実しているフランスやスウェーデンでは、出生率が1.5~1.6台まで低下した後、この政策によって目立って回復していることである。直近では、フランスの出生率が1.98(2014年)、スウェーデンの出生率が1.88(2014年)となっているのだ。

我が国の出生率は、2005年に史上最低の1.26まで落ち込んでから、じわじわと回復して1.4まできている。しかし、「道はまだまだ遠し」である。

効果のある「家族支援」を実行するために最大の障害になるのは、予算の財源を確保することである。1994年の「エンゼルプラン」から、政府が少子化対策を打ってきているが、ほとんど効果が出なかったのは、基本的には予算規模が小さすぎるのである。

では、どのくらいの予算が必要なのか。

今、日本政府は5.5兆円ほどの予算を「家族支援」に使っている。これをフランス並みの水準に増やすためには、今よりもざっと7兆円ほど追加しなければならない。総額12.5兆円が必要である。

この巨額の財源をどうするのか。

私は一つの財源に頼らずに、1)超長期国債=2兆円と、2)税金の組合せ=5兆円により確保すべきだと考える。当然、これらの財源は「家族支援」にしか使えないものとして、法律でしばりをかける(「特定財源化」)こととする。

1)の超長期国債については、「家族債」として50年後に返済するものを発行する。というのも、「家族支援」で子供が増えて、彼らが20年後には仕事をもって税金を納めることになる。出生率が上がるのに20〜30年間かかることを踏まえれば、50年後に「家族支援」により増えた労働力(ひいては税収)で、借金を返すという発想である。この際、永久国債(利払いのみで、元本を返す必要ない借金)や無利子国債(利払いはしなくても良い借金)についてもあわせて検討すべきである。

超長期国債で年間2兆円を財源として確保するのと同時に、残り5兆円については増税をお願いする。すなわち、1)消費税1%=2.5兆円、2)法人税+所得税=両税あわせて2.5兆円分。とりわけ法人税や所得税の中身については、次回詳しく説明したい。

当然、まずは、国会議員の数を減らすことや、行政改革などの「ムダ使い」にメスを入れなければいけない。ただし、これらの財政的な効果はそれほど大きくない。国会議員をすべてクビにしても約800億円強の捻出しかできない。国家公務員の人件費も、自衛隊を除けば、3兆円強である。

それでも、こうした「身を切る改革」を断行すべきであるが、いずれにせよ、国民の皆さんにどうしても負担をお願いしなければいけないのである。

大事なのは、借金と三大基幹税(所得税・消費税・法人税)の組合せにより、今生きている国民の幅広い層と、我々の子々孫々とが、それぞれ負担を分かち合うということである。

また、増税をする際には、当然、景気状況を踏まえる必要があるが、一方で「家族支援」による7兆円のかなりの部分が消費に回ることの景気効果も注目すべきである。

ここ数年、戦後最長の景気回復といわれても、個人消費がなかなか増えない理由には、大企業が空前の利益を上げながらも、内部留保を増やすだけで、賃上げに回されていないことが挙げられる。「賃金上昇→消費増」という好循環が働いていないのだ。「家族支援」の法人課税や高額所得者への所得税強化により、大企業やお金持ちから、もっと消費をする階層にお金を流すことで、回り回って企業にも富が循環するのである。

最近、厚生労働省による賃金構造基本統計の不正問題が発生し、厚労大臣は実質賃金がマイナスで推移してきたことを認めた。名目賃金のほうは、リーマンショックの時から水準は下がっているものの、ずっとプラスで推移している。ところが、物価上昇を加味し生活実感に近い数値である実質賃金は、ここ数年マイナスで推移しているのだ。いくら名目の賃金が上昇しても、物価上昇がこれを上回っている分、実質マイナスなのである。

とりわけアベノミクスは「デフレ脱却」を目標としている経済政策である。一般的に「デフレ脱却」とは、不景気から「脱却する」ことだと思われている嫌いがある。しかし、実際、「デフレ脱却」というのは、インフレ(=持続的な物価上昇)を引き起こすことであり、異常な金融緩和もこのためになされている(アベノミクスの目標は、毎年2%のインフレである)。

つまり、力づくで、無理やり物価を引上げている政策なのだ。

ところが、仮に物価を上げることが良いことだとしても(私は必ずしもそう思っていない)、生活者にとっては、賃金が増えず、物価だけ上がったとしたら、それは迷惑な話であり、消費が伸びないのも当然である。

大体、個人消費はGDPの6割以上を占めていて、景気を左右する最大の項目だ。また、企業や投資家ではなく、一般生活者の「豊かさ」を示すもっとも明確な指標でもある。これが盛り上がらないのが、「実感できる景気回復」とならない一番の障害である。

こうしたことから「家族支援」は、長期の人口を維持するだけでなく、短期的な景気にも貢献するものである。

いずれにせよ、こうした借金・増税は、それなりの負担を国民にお願いすることになり、誠に心苦しいが、本格的な「家族支援」を強力に実施しなければ、経済成長が年々下がることを避けられない。今後20年間のうちに、企業は人手不足で倒産したり、あるいは、海外に移転することになれば、地元や国内で就職することが厳しくなっていく。みんなで力をあわせて、こうした若い世代の「飯のタネ」を確保すべきではないでしょうか。

それだけではなく、若い世代の人口が劇的に減少することは、お年寄りのための社会保障、農村地域の国土保全、国家の防衛力もほぼ必然的に弱体化するということである。

早急に、国力増強のための「家族支援」を真剣に検討すべきである。

迎春。本年も引き続きよろしくお願いします。

昨年に引き続き、今年の金融・経済は波乱含みになるだろう。米国の成長が失速していくことはほぼ確実であり、株式市場の乱高下はこれを反映している。消費税増税をどうするかをはじめ、政府と日本銀行は、それなりの対応策を検討すべきである。

他方で、ここ数年間、我が国は大企業が未曾有の利益を捻出し、失業率も低い。戦後、最長の好景気である。これはこれで結構なことだが、問題は成長率そのものがそれほど高くないことだ。もっと深刻なのは、今後もさらに成長率が下がっていくことである。

リーマンショック回復後の実質GDPの平均成長率(2013年から2017年)は1.3%である。平均すれば、私たちの所得が毎年1.3%ずつ伸びてきたのだ。これは、リーマンショック震源地の欧米に比べても低い。米国の同時期の平均成長率は2.2%、英国は2.3%、ドイツは1.7%である。

近い将来はどう予測されているか。国際通貨基金(IMF)の見通しでは、

(日本の実質GDP前年比の予測)

2018年 1.1%

2019年 0.9%

2020年 0.3%

2021年 0.7%

2022年 0.5%

2023年 0.5%

となっている。来年からゼロ%台の極めて低い成長の時代に突入である。他方、英米、ドイツは、少なくとも毎年1%以上は成長していくと予想されている。

では、遠い将来はどうか。同じIMFの見通しでは、「日本は人口減により、今後40年で実質GDPが25%以上減少しかねない」と警告を鳴らしている。つまり、アベノミクスなどいくら続けても、国民の所得が年々ひたすら目減りして、40年後には今の1/4も減るということである。

日銀や内閣府が試算する潜在成長率(=中長期的に実現可能な成長率)も、同じような傾向を示している。80年代後半の4%を頂点とし、90年代からずっと下降し、現時点ではゼロ%台であり、このまま将来マイナス成長になる可能性が高い。

もちろん「GDPは人の幸せと関係ない」という方もいると思う。しかし、GDP=国民の所得である。これが力強く伸びて、物質的に豊かな生活を確保するのは当たり前ではないか。そうしなければ、あまりにも将来世代が気の毒である。芸術であろうと、スポーツであろうと、趣味であろうと、どんな夢を追求するにも、資金が潤沢にあればあるほど良いに決まっている。

もっといえば、一人一人の生活水準も大事だが、力強い経済は国全体の国力にもつながる。国力という言葉は曖昧かもしれないが、通常、次のように定義される。

国力=((人口+領土)+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

外交防衛も究極は、国民の生活を守るための機能である。外国との交渉の勝敗は、基本的にはこの国力によるのである。上の定義にある「経済力」は、一人当たりの経済力でなく、国全体の経済規模を指すのである。

さらに、社会保障、地方再生、農林業政策、中小企業政策、防衛、教育などの国家予算を確保するための税収の水準も、全体の成長率によって決まる。低い成長率であればあるほど、税収も減り、必要な政策を打つための財源がなくなるのだ。医療・年金・介護の水準も、一定の成長率が前提となっている。

では、経済成長率は何で決まるのか。それは、次の三つのエンジンである。

①    生産に必要な機械等の設備(=資本投入量)

②    労働力人口(=15歳から64歳の人口)

③    技術革新(=生産性をあげるための新技術)

これらは短期でなく、中長期の経済の基礎体力にかかわってくる。

短期の景気は、世界経済、オリンピックのような特需、公共事業、株価、為替、災害などによって上下に振れる。アベノミクスの円安対策ならびに株価吊り上げ対策も、当然、短期的な効果はあった。これも軽視してはいけないが、本当の問題は、為替や株価ではなく、経済の基礎体力がこの20年間弱ってきていて、今後も、さらに弱っていくことである。

具体的には、上の三つのエンジンのうち、①の労働力人口が激減していることと、③の技術革新が弱まっていることが大きい。

他方で、①の資本投入量については、無人化に向けた設備投資を中心に増えてはいる。しかし、②と③の問題で国内の市場がさらに縮小する中で、経営者は本格的な設備投資を躊躇せざるを得ないだろう。

ここで、政治家がやらなければいけないことは明確である。国民が将来の成長に希望をもてるように、②の労働力人口を増やし、③の技術革新を活性化する具体策を実行することである。そうすれば、企業も①の設備投資(や賃上げ)をしやすくなるはずであり、成長に必要な三つのエンジンに手当をすることができるのである。

それは、リハビリのように時間がかかる地道な作業だが、国力ある国家を次世代に残すためには、避けて通れない道である。

今回は、私なりの経済の診断書を示した。次回は処方箋について書きたいと思う。

水道民営化の法案が、先の臨時国会で強行採決された。これを受けて、報道や国民の皆さんから、「これで水道が民営化されて、料金の値上げがはじまるのではないか」と不安の声が上がっている。

結論からいえば、1)水の民営化は避けるべきであるが、2)報道で煽っているほど今回の法律改正ですぐ困ることもない、といったところだ。

まず、はっきりさせないといけないのが、政府は「本法案は民営化ではなく、水道の運営だけを企業に任せるコンセッション方式だ」と強弁していること。政府がなんと言おうと、コンセッションが民営化の一手法であるのは、世界的な常識だ。入管法議論の際の「移民」という言葉もそうだったが、つまらない言葉遊びはやめるべきである。

さて、そもそも水は食料と同様、生命に不可欠である。政治のもっとも重要な仕事は、国民の「食」を確保することである。これは「効率」を超えた責任である。もちろん、効率よく、水を安く安定的に国民全員に供給できるのであれば、なおさら望ましい。

今回の「水道法」の改正は、公的部門が水道管等を所有したまま、水の事業運営だけを民間に委託することを可能にするものだ(民有民営ではなく、公有民営)。ただ、民営化のためには、都道府県の許可が前提となる。したがって、例えば、京都府が認めなければ、民営化は京都では実行されない。法律が成立したからといって、自動的に全国の水が民営化になるわけではないのである。

問題は、何のために安倍政権は民営化を推進するのか。政府の説明によると、「1)人口減少にともない、水の利用者と水道事業の職員数が減る中で、2)老朽化する水道管の更新投資のためのお金と人が足りなくなるので、民間の力を借りる。」ということらしい。

しかし、問題は二つある。

まず、第一に、民間が運営したからといって、老朽化した水道管の更新がより進むのか。これは逆だ、と言わざるを得ない。通常、設備投資をする際、行政の方が民間よりも借り入れ費用が安い。また、水事業に限らず、事業を民営化すれば、企業はできるだけ費用を抑えて、利益を増やすために、投資をおろそかにするのが常識である。そもそも民間企業では、水道投資コストが高すぎて負担できないからこそ、公営事業として成立したのである。今後の更新投資の巨額の負担についても、民間で担うのはむしろ難しい。

もう一つの問題は、「民間の方が効率的に運営できる」という単純な主張だ。これは一般論としては、なんとなく通用するかもしれないが、水道事業について答えは必ずしもはっきりしていない。なぜなら、水道事業はほとんど競争原理が働かないからだ。また、水は生活必需品である。料金が高騰しても、消費者は水を購入せざるを得ないので、企業は価格を下げようとしない。「広域化すれば、効率化できる」という主張もあるが、これは別に民間企業に限ったことではなく、行政でやればいいだけのことだ。

実際、これまでの民営化(=公有民営)にかんする国際的事例はどうか。まず、水道管の更新投資は、公有民営ではうまくいっていない。他方、運営の効率化については、必ずしも公有民営に軍配が上がっているとは限らず、どちらともいえないというのが、現時点での結論だ。ただ、水道料金が高騰して、いったん民営化した事業をふたたび公営事業に戻している事例が目立っている。

したがって、法律が通ってしまったことはやむを得ないので、都道府県で安易なる民営化が許されないように、監視の目を厳しくすることが大事である。

むしろ、ことの本質は、水道の利用者や職員が激減していることであり、基本的には人口減少の問題だ。農村地帯では、とくにひどい。公営であろうと、民営であろうと、老朽化した水道管を新たにするためには、費用が大きくかさむ。この問題の解決の王道は、私がいつも主張している少子化対策などの人口政策を強力に実行するとともに、地方の居住をある程度、中心的な地域に集中していくように促すことである。

いずれにせよ、水はすべての国民にある程度の価格で届くようにするのが、政治の責任である。

こうした地道な政策を実行しないまま、民営化という辻褄合わせの目先の政策をやめるべきである。