「中立は双方から信頼されない」

昔から、一国が自分の意思を相手国に押しつけるためには、軍事だけでなく経済制裁という手段がある。

従来は、輸出を止めたり、高率の関税を課したり、資産を凍結したりするなどの手段が代表的だった。最近では、中国がオーストラリア産ワインに200%の関税をかけた。これも1つの古典的な事例である。

 

これに対し、今後は、情報通信技術を用いる新しい方法が問題となってくるだろう。例えば、昨年話題になった中国のファーウェイが象徴的である。この会社が世界に安く提供している5Gシステムは、単に我々のスマホの検索速度を早めるだけではない。我が国の安全保障にも脅威となりうる代物である。

 

なぜなら、この時代ほとんどの組織や人、さらには多くの機械や商品までがインターネットでつながっている。民間の自動車やGPSといったものだけでなく、政府もインターネットによって機密情報をふくめた情報伝達・交換をしている。また、戦車、軍艦、戦闘機、宇宙レーダー衛星などもインターネットを活用している。

 

5Gシステムは、まさにこうしたインターネットのシステムをつなげる血管みたいなものである。人間の血管を血が流れるように、5Gの中を情報が流れていく。中国共産党と密接なつながりを持っている会社が、これを牛耳るということは、情報の血管を制することである。自由自在に情報が抜かれることもあろう。あるいは、中国共産党の差配により、完全に情報の流れを止められることさえ可能だ。

トランプ前政権が危機感を持ったのも頷けるわけである。

 

我が国政府も、ようやくこの新しい経済安全保障の問題を認識しつつある。内閣官房に国家安全保障局というものがあるが、ここに2020年4月に「経済班」というものができた。この部署でやっと、

(1)機微技術や輸出・投資の規制

(2)外国の技術者や留学生が入国する時の審査ならびに規制

(3)安全保障上重要な土地(例えば、自衛隊基地の周りの土地など)の規制

などのあり方について検討を開始している。

また「外為法」の改正も行われた。これにより、外国資本が安全保障上重要とみなされる日本企業の株を買うとき、あるいは議決権を取得するときには、政府に事前に届出をしなければならなくなった。

こうした動きは、遅ればせながらも歓迎したい。しかし、問題はやはり今後、中国に対しどういう姿勢で向き合っていくのかである。今のところ、政府は中国にはかなり配慮していると言わざるを得ない。これは恐らく我が国の産業経済界が中国に相当依存しているからであろう。

 

例えば、ファーウェイ問題についても、政府は米国の強い要請に応じて、政府内の5Gシステムを排除した。しかし、民間企業に対しては非常にゆるい対応しか取っていない。これはアメリカの対策と対照的である。

 

もっと重要なのは、中国は「デジタル覇権」を目論んでいて、情報通信、クラウド、海底ケーブルなどの分野で中国技術の圧倒的優位を確立しようとしている。現実にこれらの分野を中国が支配したあかつきには、先に記した通り、我が国の戦略的な情報はいつ何時でも勝手に抜かれることを覚悟しなければならない。

 

こうしたことに危機感を抱いたトランプ前政権から、2020年8月頃に、我が国に「中国のこうした動きは危険なので、中国以外の常識的な「法の支配」に則った国々で「クリーンシステム」を構築しようではないか。日本も参加して欲しい。」旨の打診があった。

 

これに対し、我が国は、中国に配慮して「特定の国を排除するような枠組みには参加しない」と断ったのである。これは戦後日本外交の王道に即した対応ではある。米国にも配慮し、中国にも配慮する。非常に微妙な均衡を取りながら、国益を追求するという考え方である。

 

しかし、今や尖閣諸島に対する非礼かつ脅威的な行動などをはじめ、日本を囲む海洋への中国の野望に対し、もっと深刻に考えるべきではないだろうか。中国の経済規模は10年以内に米国を超えるだろう。日中の国力の差がどんどん開く中、今後、中国が一変して善意な外交を展開するだろうか。

 

この期に及んでは、やはり旗幟鮮明(きしせんめい)にすべきだ。米国が提案したような、中国を排除するような枠組みの中にも参加をする。むしろ積極的に各国に呼びかけて、率先してこういった枠組みを作っていくべきである。そうしなければ、中国が我が国の国益を侵害することを止められない、と確信する。

 

結局のところ、両国に配慮することは、両国から信頼を失うということにもつながる。昔、マキャベリという政治思想家が「争いが起こった途端、旗幟鮮明にすべきだ。中立の立場をとった場合、勝者にとっての敵となるばかりでなく、敗者からも助けてくれなかった、という敵視を受けることとなる。」という言葉を残している。

 

もうとっくに争いは、始まっているのだ。